歳のわりには痩せているので、よく羨ましがられる。
自分としてはとくに何かをしている訳ではないが、不便な生活をしているおかげで、このスタイルを維持できているのかもしれない。
車がない
愛知県名古屋という街で、男で車がないなんて言うと、人として認められない。
人として認められないおかげで、僕は健康を手にできた。
車があると、どこに行くにしても車中心の考え方になる。ちょっと買い物に行くにも、車を使って動く。歩いていける場所でも車を使う。運転というものは、神経を使うが体は使わない。とくに下半身を使わずに長距離移動ができてしまう。
車がないと、歩いてから公共交通機関を使って移動する方法を考える。目的地に行って用が済み、次の場所に行くとき、少し距離があったとしても、歩くのも仕方がないという考えになる。
結果的に歩数が多くなる。無理をして歩いているのではなく、仕方なく歩かざるを得ないのだ。便利なものが無いおかげで体が健康になる。
歩いていると色んなものが見えてくる。建物やお店、そこにいる人たち。色んな発見がある。車を運転していたら、とてもじゃないと見ていられない。脇見運転なんてしていたら、命の危険が高まる。
移動効率から言えば圧倒的に悪いのだろうが、人として大事なものは、歩いたほうがたくさん手に入る。
あって当然というモノも、本当に必要かは疑わしい。無くなることで失うものと、それによって手に入るもの。それがあるときには見えないが、無くなって気づくことがある。
愛知県、名古屋、そしてトヨタ自動車に向かって言いたい。車なんてものがあるせいで、街は退屈なものになってしまったし、多くの人の健康も害してしまう。トヨタ様に足を向けて寝られない街なので誰も言わないが、別に車なんてなくたって生きていける。作りすぎて余っている車があるおかげで、カーシェアやレンタカーといったありがたいサービスがある。もう所有しなくていい。車を所有する時代は終わったんだ。
必要な時だけ使って、あとは歩こう。
足が悪くて歩くのが困難でも、歩かざるを得ない状況になったら、いつの間に歩けるようになったという人を知っている。その人の話を聞いた時に、環境が変わって、そうせざるを得なくなると、新しい自分になるんだと。
車の所有率がグッと下がった時、新しい街が始まるだろう。
何でもかんでもトヨタという言葉を付ければ、ビジネス本の売上が上がってしまうことが、大変おかしな状況。たいした車も作れない会社の仕事術がどんなものか知りたい。実はそうやって買わせる戦略かも。
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