激しく降り注ぐ雨を吹き飛ばすように、電車がホームに入ってきた。
3・2・1・GO!
斜め下を向いていた人たちが、いっせいに車内に飛び乗る。座りたいんじゃない、スマートフォンを快適に使える立ち位置をキープしたいだけ。
自分だけの最高のスマートパーソナルスペースを確保するため、僕らは自分の居場所を確保する。どんな状況でもスマートフォンを使いやすい位置をキープしなきゃいけない。この手のひらにのる端末が、僕らの本当の世界だから。
手のひらに乗るスクリーンが映し出す世界は、人それぞれ違う。
常時接続
常に電波を掴むことで実現する世界だ。常にデータをやり取りできるから、人それぞれ違う世界を映し出すことができる。
遠く離れた愛する人に言葉を送る人。顔も知らない誰かと言葉を交わす人。顔を知っている誰かの日常を知りたくて、内緒でその人の生活を見ている人。
インターネットという形のない世界。形がないからこそ、人それぞれの想いを形にできる。常にデータをやり取りできるインフラと端末を手に入れたことで、僕らの生活は変わってしまった。
いの一番に飛び込んだのに、後から飛び乗ってきた人のせいで、いいスペースを確保しきれなかった。無理をしてでも言葉を交わしたい人もいない。僕はSpotifyが流すチルアウトミュージックに身を委ねた。
車内を見渡すと、みんな斜め下を見ている。よく見ると顔が青白く照らされているのが分かる。手のひら映し出される世界に没頭しているのだろう。
左斜め前にいる、冬にしては薄着の女性は、Lineのトーク画面が流れていくのが速い。3つほどスタンプのやり取りをしたあと、相手からのメッセージに言葉を返す。文章の中身までは見えないが、末尾に赤いハートマークらしきものが見えた。
右斜め前にいる、中年の小太りの男性は、涼しそうな顔をしながら、ポケモンGOをプレイしている。電車が勝手に動いているので、うまい具合にアイテムが手に入る。ぷっくりと膨らんだ腹の上に、スマホが乗っかっている姿が滑稽だ。どんなスマホスタンドより強力な安定感。ズルをせずポケモンGOをしたら、世界にひとつだけのスマホスタンドは無くなってしまうだろう。
青白い顔をしている人たちは、手のひらが写す世界に夢中だ。車内のどこを見ても、青白く顔が照らされている人ばかり。スローテンポのチルアウトミュージックに合わせるように、僕はゆっくりと後ろを向いた。
降りしきる雨が外の景色を暗くしていた。窓に映る顔がはっきりと見えるには早い時間だが、涙が頬を伝う女性の顔が窓に写った。
彼女は斜め下を見ず、窓の外をずっと眺めていた。窓の外は雨で何も見えないが、彼女はずっと外を見ていた。
流れる涙を見ていると、窓の下のほうに映る青白い光に気付いた。窓にはLineのトーク画面が見えた。楽しげなスタンプのようなものは見えず、緑と白い吹き出しだけが見えた。
メッセージは白い窓で終わっていた。メッセージの中身までは見えないが、相手の言葉で終わっていることから、なんとなく僕は察した。
雨が止めばいいのに
真っ暗な景色も、雨が止めば光が見えるだろう。何でもできるスマートフォンを操作しても、雨を止ますことはできない。
誰かの心を救うことのできない自分の不甲斐なさを隠すように、うすら笑いをしようとしたとき、窓の外が明るくなった。
雨は止んだ。偶然か僕の魔法か。真実は分からないが雨は止んだ。明るくなったことで、窓に映る彼女の顔は見えなくなった。
彼女の雨も止んだだろうか
明るくなった世界に吸い込まれて行くように、彼女は電車を降りていった。彼女の雨が止んだかは分からない。
僕は何に通信したのだろうか。小さな奇跡を噛みしめるように、僕は窓の外を見ていた。僕の頬にも涙が伝った。
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