1年で1番嬉しい日は、槇原敬之の新しいアルバムの発売日。この気持ちが20年以上変わらないのは、しっかりと一つのアルバムを作ってリリースし続けてくれたから。
シングルの寄せ集めのようなアルバムが溢れる日本の音楽業界の中で、一つのアルバムに収録された曲で何かを伝えることができる杞憂なアーティスト。そんな槇原敬之21枚目のオリジナルアルバムは、新しい第一歩をスタートしたと言える仕上がり。すでに発売されているシングル曲以外の曲も、強いメッセージと、最高のマキハラサウンドで、聴き手の心奥深くまで届く歌ばかり。
彼自身が第3章の幕開けと位置付けたアルバムBeliever。どんなアルバムなのか紹介したい。
1.Introduction 〜Believer's Theme〜Theme
Believerに収録された曲たちを束ねるかのようなインスト。ギターがたくさん使われている今作を象徴するかのように、たくさんのギターが鳴り響く。どこか民族音楽っぽく聞こえるのも、槇原らしいアレンジだろう。
2.一歩一会(Renewed)
何気なく通り過ごす道も、ゆっくりと歩いてみると、気付かなかった店があって、知らない人がいることに気づく。目に見える景色だけではなく、そばにいる人も同じだ。いることが当たり前になって見過ごしていた相手の気持ちに、散歩していて見つけたカフェに入って気づく主人公。
どこか遠くへ行かなくても、気づかない何かが世界には満ち溢れている。
物足りないと思ってた
何かを二人で探そう
自分以外の誰かの存在にもスポットライトが当たっているのが、Believerの隠れた特徴だ。そばにいる人と一緒に、何かを見つけよう。
3.不器用な青春時代
若手ロックバンドのようなバンドサウンドに心震える。ただのバンドサウンドではなく、エレクトリック感溢れる曲になっているところに、槇原らしさを感じさせる1曲。
あらゆるものがデジタル化され、愛する対象まで仮想世界だった主人公が、現実世界に目覚めた心情を歌った曲。
仮想世界で喜び苦しみ不器用に生きてきた。実態のない世界で掴もうとしていた何かを、現実世界で掴むときがやって来た。今まで感じたことのないその感情を信じて、前へ突き進もう。
生きづらい現代の若者を応援する1曲。現実世界の常識にとらわれず、仮想世界で培った常識で、君だけの青春を創造しよう。
4.Souvenir〜思い出〜
槇原流ラップになっている1曲。早く閉まってしまうお店ばかりの海外。お土産を買おうにも買えない状況に、働かなさすぎだと思うが、家族や愛する人と楽しく食事をする姿を見たときに、彼らが本当に食べているものに気づく。
彼らは食事だけじゃなく、誰かと食べている時の気持ちも食べている。
みんなで食べると美味しいね
いつも食べているものも、誰かと食べるだけで味が変わる。たまには早く仕事を終えて、誰かといっしょに食事をしよう。
5.運命の人
タイトルだけ聞くと両思いの歌かと思うが、思いっきり片思いの主人公。自分の友人に恋をしている彼女に想いを寄せながら、恋心で揺れる彼女の相談に乗る主人公。
暖かいお店を出た時の夜道の空気感や、相手を思いやる気持ちの美しさをサウンドでも表現。自分の思いが報われるかも分からないのに、この人が運命の人なんだと信じて、ただ相手を思いやる主人公の気持ちを描きあげた。
君だったらいいのに
最後の歌詞で、自然と涙が頬を伝うだろう。
6.テレビでも見ようよ
時間が過ぎて老いていく中、ぎこちなくなってしまったパートナーとの関係。触れ合うことで繋ぎ止めていた何かを元に戻すため、隣に座っていっしにテレビでも見て、離れかけた気持ちを元に戻そうと歌う。
ゆったりとしたサウンドに、槇原の優しいボーカルが染み渡る珠玉のラブソング。
7.5minutes(Renewed)
人生最後の5分を歌った、究極のラブソング。生きているもの全てに平等に与えられた時間。笑って過ごしても5分。泣いて過ごしても5分。何もしなくても5分。生きている間は、誰もが同じ5分を過ごすことができるが、過ごし方は人によって違ってくる。
人生最後の5分を、愛する人にどう使うのか。普通に生きている今考えることで、時間の過ごし方が変わってくるだろう。
8.You are what you eat.
育てた食物を食べて生きる僕ら。食べるもので自分が決まるように、日々の生き方で明日の笑顔が変わる。天気が変わっても、体調が悪くても、精神的に辛くても、今日はまた始まる。
どんな状況でもみんなスタートラインに立てる。心に思い浮かぶ君の笑顔を思い描いて前に進もう。
9.A HAPPY NEW YEAR
松任谷由実のカバー曲。オリジナルアルバムを精力的にリリースしながら、カバー曲も多数発表している槇原。その中でも一番多く歌っているアーティストがユーミン。
ユーミンのカバーはリスペクトが感じられる素晴らしいカバーばかりだが、この曲も素晴らしい仕上がりになっている。歌詞の内容と、槇原の暖かいボーカルが絶妙にマッチした1曲。
10.信じようが信じまいが
ネット時代の今を象徴するかのような1曲。匿名が故に暴力的になり、誹謗中傷で溢れるインターネット。そんなネット空間を宇宙に見立てて作られたサウンドが胸に突き刺さる。
バレなければ何をしてもいいと思っていても、自分がしたことはこの宇宙に刻まれていて、いつか必ず自分に返ってくる。
信じようが信じまいが、これが宇宙の法則だから。
11.理由
古き良きディスコサウンドのようなリズムがたまらない1曲。
自分を信じて頑張る
勝つと信じて向かっていく
愛するあなたを信じてる
神様を信じてる
そこに本当にあるのか分からないのに、それを信じてしまう理由は。いとも簡単に諦めることができるのに、それを諦めきれない理由は。
それが正しいと信じて、誰かのために頑張っている自分が好きだから。これが正しい理由かは自分でも分からないけど、自分を突き動かす何かを信じて進もう。
ノリノリのサウンドに、非常に難しいテーマを乗せてくるのが槇原のポップス。思いっきり踊りながら、理由を考えよう。
12.超えろ。(Renewed)
すでにシングルで発売されている「超えろ。」だが、デジタルの馬車が走っているかのようなエレクトロ・ポップに変身。
困難にぶち当たるたび、めげそうになる僕らの心を盛り立てるナンバー。どんなに疲れたとしても、自分を騙してでも笑顔になり、誰かの笑顔を思い描いて限界を超えろ!
13.もしも
Believerの最後を飾るのは、今までの槇原にないような歌詞で綴られた1曲。
もしも突然音楽が聞こえない日が来ても
いつでも君の為に僕は歌い続けるから
この歌詞を読んで、この歌の主人公が死んだ後のことを歌っているのではないかと感じた。
様々な過去があることで、どんな悲しみも乗り越えられる。すべての人に与えられているのは、いつかは死を迎えるということ。死後をどう捉えるのか。
姿形が見えなくても、声が届かなくても、君の側で歌い続けると誓う主人公。形がなくても、目に見えなくても伝わるものがあると信じているから。
生きている人が死んだ人を見るのではなく、死んだ人が生きている人をどう見るのか。
生きているものでは分からない世界まで、槇原は歌にしようとしているのか。聴き手に答えを委ねる、新しい槇原のポップスが誕生だ。
第3章の幕は開けた
今作Believerの生音は、ギターの生音のみ。久しぶりに参加したスーパーギターリストの佐橋佳幸氏が多彩なギターを演奏し、おなじみ石成正人氏も安心のギタープレイを披露。その痺れるようなギターサウンドに思わず震えてしまうほど。
そして、従来にはない手法を使った槇原の打ち込みサウンドに、新しい歌詞のアプローチ。彼自身が第3章と位置づけるのも納得のアルバム。
どの曲も力強く美しい。何気ない日常を歌っているようで、実はとても大事なことを歌っている曲ばかり。
ラブ・ライフに続くもの。その答えが何なのか。これから新しいアルバムをリリースしていくことで、その何かに僕らが気づかされるのだろう。